「ほっ」と。キャンペーン

マリッペ

なんと言ったらいいかわからないけど、
このブログは真面目系というか硬いというか、普通の日記系じゃないという印象。
書き手がこんなことを言うのもおかしいけど、
ある程度まとまった考えが出来ないと書けないというかね。
と思っているということを書いてみました。

考えていることがまとまりません。
というか、思考停止している状態。
本を読むペースも落ちた。
安全地帯からやってきて、少し考えた後また戻っていく感じです。

今日、安全啓発センターに電話して見学予約。
夏に一度電話したら予約でいっぱいでしたが、今度はすんなりといきました。
[PR]
# by fukidamarism | 2006-10-25 17:39

カナヤマベン

何か物事を知る、とくに事件・事故について深く知るとき、
その作業は知的好奇心を満足させるだけのものであってよいのだろうか。
という問いがあります。
言い換えると、そうやって知ったことを使って、何か社会に還元するような作業が
されなくてはならないのではないか。
という問いです。

そのひとつの答えとして、報道に携わる職に就く、というものがあります。
昨日、現場の記者を招いて毎週話を聞けるという授業に参加し、改めてそう思いました。
今回は雲仙・普賢岳噴火の取材にデスクとして携わった記者が来て、
災害の被害を教訓にして、報道に関する社内教育の必要性のことなんかを話していきました。
他にも興味深い話があったのは次の機会にまわしますが、
帰りの電車で先に書いたような事を考えました。
堂々巡りしていたものがひとつ前進したような気分です。

うん、今日もオチはないんだ。すまない。
[PR]
# by fukidamarism | 2006-10-04 17:35

納涼理想論祭り

ブログは日付を偽れないためある種の諦めがつきます。
無理に毎日書こうとせずに適当なペースで書いていこうと思います。
ネットしない日もあることだし。気づくとテレビを見ずに終わる日もある。

やっと学校が始まりました。遅すぎるくらいでしたが。
後期の授業は前期より充実している、と感じた。
というのも多分、前期よりも学問的な興味が多方面に及ぶようになったのだろう。
学問なんて大それたものでもないが、夏休み中は感化される本や人に多く出会えた。
考えることも格段に増えた。ひょっとしたら卒論のテーマの足がかりになりそうなものもできた。

自分自身が確実に安定し、成長していくのを痛感する毎日である。
と同時に、あまりに多くのものを自分自身で壊し、そこから長い間逃げてきたのだと実感する。
得た物と失った物(現在は失われている物)は異質なものだが、
あえて同じ土俵で差し引きしても、あまりある損失といえる。

損失は損失のまま、残り続けるだろう。
たとえ修復ができたとしても、それは依然とは違うものだと思う。
しかし、損失を経た安定は、順風だけでやってきたそれよりもはるかに強い。
嵐を経験した船は、沈みにくいのである。そのとき損失は初めて意味を帯びるのである。
この考えはある意味で、私自身がそうあってほしいと思うところでもある。

人生に意味のないものなどない、とよく聞く。
基本的には賛成できる。実際、ふとした瞬間に
無関係と思われた複数の事柄が繋がるという経験は多々あり、
そのたびに広い分野にアンテナを張る重要性を感じるのである。

しかし、この1年半近くにも及ぶ大きな喪失に果たして意味はあったのだろうか。
そこで私は先のように考えるようになった。
過去の誤りに意味を与えるのは、未来でしかない。
「あの時、あんなに人生が落ち込んだのも意味があったのかもしれないな」
と後から思えるような生活を送ろう。
そう思うと、後悔している余地などない。
というよりも、後悔するからこそ、過去に悲嘆することはできるだけしたくない。


アホみたいに抽象的なので中断。救いようがないな。
とりあえずナレーターは田口トモロヲあたりで。
[PR]
# by fukidamarism | 2006-10-02 20:04

そんなわけで

ブログ始めました。
これからも「ふきだまり」をよろしくおねがい致します。
絵板を残したのはグッドなハカライだと思っている。え?当然?
[PR]
# by fukidamarism | 2006-09-26 16:55